腹八分寄り道人生

なんてことない日常つらつら

さようなら、オレンジ

さようなら、オレンジ (単行本)

さようなら、オレンジ (単行本)

内戦のつづくアフリカから、難民としてオーストラリアの田舎町に流れてきたサリマ。母語の読み書きすらままならない彼女は、二人の息子を育てながら精肉作業場で働く一方で、英語学校に通いはじめる。そこには、自分の夢をあきらめ夫について渡豪した日本人女性「ハリネズミ」ほか、さまざまなクラスメートたちとの出会いが待っていた。

第29回太宰治賞受賞

「サリマの視点」と「ハリネズミの視点」で交互に物語りは進む。
この感動は、とてもじゃないが私の文章力では表せないです。何度も何度も読み返すだろうし、その度に強く賢くなりたいと思う。サリマやハリネズミのように。
文章を読んでいたのに、映画を観終わったような感覚が残る。登場人物たちの顔も、そして彼女たちを励ましたオレンジ色さえも まぶたの裏に浮かぶ。たとえ映像化したとしても、活字からイメージされた美しさには敵わないと思う。
言語、そしてアイデンティティを深く考え直す傑作。

 英語がこれほどまでに権力をもった現状において、この巨大な言葉の怪物のまえに、国力も経済力ももたない言語はひれ伏します。しかしながら、二番目の言葉として習得される言語は必ず母語をひきずります。私たちが自分の母語が一番美しい言葉だと信じきることができるのは、その表現がその国の文化や土壌から抽出されるからです。第一言語への絶対の信頼なしに、二番目の言葉を養うことはできません。そうして積み上げられた第二言語に、新しい表現や価値観が生まれてもよいのではないでしょうか。どんなにみっともなく映っても、あのような嫌な笑い方の報いを受けるべきではありません。ナキチのような祖国を奪われた人にとっては、セカンド・ランゲージはセカンド・チャンスなのです。それに賭けようとする彼女のひたむきさを見ていると、純粋な言葉の力の可能性を願わずにはいられません。