腹八分寄り道人生

なんてことない日常つらつら

なでし子物語

なでし子物語

なでし子物語

ずっと、透明になってしまいたかった。でも本当は、「ここにいるよ」って言いたかったんだ…。居場所のない少年と少女、そして早くに夫を亡くし過去に生きる女。時は一九八〇年、撫子の咲く地での三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かしはじめる

林業と養蚕業で財を成した遠藤家。明治期に先代が峰生に建てた邸宅『常夏荘』が舞台。
夫を若くして亡くした後、舅や息子と心が添わず、過去の思い出の中にだけ生きている照子。常夏荘を取り仕切る「おあんさん」。
母親に捨てられ、巡り巡って亡き父の父親(祖父)のもとに預けられた耀子。耀子は学校でひどいいじめに遭っている。
照子の舅が愛人に生ませた男の子、立海。 母の顔も知らず、生い立ちゆえの重圧に苦しむ。
照子、耀子、立海。 彼らの欠けたココロは、少しずつゆっくりと丸くなっていく。  つらいこと悲しいこと不条理なことがたくさんあるが、立海坊ちゃんと耀子の会話が無邪気で救われる。ひでんの書『リウのひみつ』は声を出して笑ってしまった。
常夏荘で働く大人たちの、子どもたちを包む眼差しが温かい。肉親であってもなくても、大切なのは「子どもを絶望させてはいけないこと」。


遠くない未来、わたしも照子と同じ気持ちになるんだろう。

その瞬間を母親は鮮やかに覚えているのに、日々の重なりのなかで子どもたちは忘れていく。ほおを寄せて笑ったことを、手をつないで歩いた夜のことを。
そっけない息子の手紙の文面が心によみがえる。
何も覚えていないのだろう。そして気付くこともない、不器用な母親たちの思いを。
月明かりの下で、照子は一人で歩き続ける。
何も覚えていない。
そうつぶやいたら、目頭が熱くなってきた。
でも、それでいいのかもしれない。
そうでなければきっと――子どもたちは母のもとから巣立てない。